桑江良逢 『幾山河』 原書房 Ⅱ-a-

桑江氏の著書を以って始めとしたい。
これは、彼がある一群の思考形態を最も端的に表しているように思えたからであるが、日本復帰から正確に10年後の5月15日に刷られた本書は、復帰後37年が経過した現在も色褪せることの無い示唆に富んでいる。

表紙は理由があってか伊江島を背景に『幾山河―沖縄自衛隊―』、裏表紙は駐屯地の航空写真、とシンプルな構成だが、帯には亀川正東氏の珍しくマトモな美文が載せてあり桑江氏の人徳を感じさせる他、西銘知事が序文を飾るなど豪華な造りである。本編はⅣ部構成だが、今日はこのうち新聞とのやり取りが面白いⅡ章について述べる。

昭和47年の衆院選直前のこと、マスコミ労組抗議団が選挙前の戦果を獲りに来た。

自衛隊は、どの政党を支持するか?」
ノッケから、このような質問である。

この後、群長は一時間近く問答したものの、中高校生でも分かる誘導質問に乗る筈もなかったが、

「桑江群長が、自衛隊自民党体制を支持すると言明した」
と発表したらしい。夕方になって、本土紙の某記者から、その真偽を確かめる電話がかかってきた。
私は、事実をありのまま話した。
「そうでしょうね、マサか良識ある群長が、そんなことを言うはずがないと思っていました」
翌日の朝刊に、
自衛隊は、自民党体制を支持」

と載ることになった。毎度の事で気にしていなかったが、中央から猛烈な確認電話が来ることになる。
いつもと違いテープに録音していなかったことから何度も電話に応じねばならず、しかも専用線が一本のため真夜中まで対応に追われることとなった。

夜中に再々電話で起こして、寝かせないようにする上級司令部では、戦は勝てん!

と群長は冗談めいているが、中央がこれで済む筈も無く、厳重抗議せよと言われる。

「新聞社の誰に抗議するのですか?」
「もちろん、責任者である社長にだッ!」
私は、心のなかで
「ナンニも、わかっちゃいないな!」
と思う。地元紙は、二社とも、私は社長をよく知っており、社長に抗議したって、意味が無い。ホントの相手は、労働組合であるが、自衛隊という国家の正式機関が、労働組合を相手どって抗議するというのも、おかしな話である。
「これは無視黙殺して相手にしないのが、最良の方法だと思います」
と、私は答えた。
「なにもしないでは、一般県民に誤解を招くではないか」
「その御心配はいりません。一般県民は、『また新聞が、デタラメを書いている』と思って、読んでいます。その証拠に、いままであの報道に関して、抗議や反問の電話一本、文書一通も部隊に来ていません」

これが群長の、否、我々の感覚である。ネットで内地からの苦情を毎度聞くにつけ、「ナンニも、わかっちゃいないな!」と苦笑したくなる。

後、中央にいわれたとおり自民党県連に電話しているが、

「イヤー、あれだけハッキリ言って頂いてかえって良かったですよ、謝るどころか、こちらが御礼申し上げたいくらいです」

と、これだけで済んでいる。何れにせよ、地縁血縁や労組が優先される地元の選挙にはさして影響無かったろう。